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私の年子育児の経験で大変な事はこれ、でもやっぱりこどもは可愛い

私が子育てをしているとき、年子でどうしても上の子に構ってあげる事が出来なかった事があります。

いろいろと我慢させてしまった事を後悔しています。

夜中に1人が起きて泣くと、もう1人も連鎖的に泣き始めて収集がつかなくなって、上の子に当たってしまった事、もう少し構ってあげられればよかったなと思います。

やっぱり年子育児は大変なので計画的に子作りをすればよかったと後悔しました。

そこで、一緒に寝ている旦那さんにお願いして、抱っこしてもらったりミルクを飲ませてもらったりして、上の子が泣いたときは私が対応できるようにしてもらいました。

日中も積極的に下の子を見てくれたので、上の子と2人でお出掛けをしたりできたので、少しは上の子の寂しい気持ちを埋めてあげる事ができたんじゃないかと思っています。

お互いの両親にもお願いして、下の子を預かってもらったりもしました。

やっぱり上の子もとても嬉しそうにしていたので私も嬉しくなりました。

同じように悩んでいる人もいるとは思いますが、やはり1人でなんでもやろうとせず、周りの人たちにどんどん頼っていいと思います。

どんな母親も1人で全責任を負うなんて無理だから、時には少し気を抜いて、手を抜いてもいいと思います。

お父さん、お母さんと呼ばせたい。

息子にはパパ・ママではなく「お父さん・お母さん」と呼ばせたいと思い、乳児期から子供に話しかける時も「お父さん」「お母さん」と言うことに気をつけていました。

それには理由があります。

私自身が「パパ・ママ」と呼びながら育ったことです。

私が子供のころ、周りでパパ・ママという呼び方をしている子がほとんどいませんでした。

人に親の事を話す時などもその時だけ「お父さん・お母さん」と呼ぶことに気恥ずかしさを感じていました。

男兄弟も皆、パパ・ママと呼んでいましたが、思春期に入るころにはそう呼ぶことに恥ずかしさが出てきたのか、親を呼ぶ時は「ねえ、ちょっと」などと呼ぶようになりました。

成長とともに、「お父さん・お母さん」に変われたたらよかったのですが、結局男兄弟たちは、結構大人になるまでそのような感じで、いつの間にか人に話す時などは「おやじ・おふくろ」となりましたが、なんだかそういうのを見て親も子もつらいよなぁと思ってしまったのです。

私の子供も息子です。

私たち夫婦はパパ・ママと呼ばれるような見た目ではないのと、自分自身や兄弟が成長とともに「パパ・ママ」と呼ぶことが気恥ずかしくなってしまったこと、そして今更呼び方も変えることもできず、いい年をした大人がパパ・ママとはやはり呼びにくいのです。

子供は小さなころはパパ・ママの方が呼びやすいし、親も早く読んでほしいという気持ちから自ら「パパだよ~」などと子供に話しかけてしまいがちですが、ここは根気よく「お父さん・お母さん」と呼び続けて幼児言葉で読んでくれた時のかわいらしさ、そして成長とともに「お父さん・お母さん」と呼んでくれた時のうれしさもまたかけがえのないものとなりました。

この事だけは夫婦で共通の考え方だったので、良かったと思います。

子供の居場所を確保することの大切さ

子育てを考える上でよく出る言葉に「誉めて伸ばす」と言うことがあります。しかし私はその前の段階で「居場所の確保」が大切と感じます。

確かに学校の勉強などを誉めるのは大切ですが、家族の中に安心していられることが、勉強などの「能力」よりも大切です。

子供に安心していられる環境よりも、勉強などの「能力」を期待し過ぎると、仮に期待に応えられない場合などは、必要以上に自分を責めることがあり、自分が嫌いになっていくからです。

そういった環境に子供が置かれると、ひとつの決まり文句が子供の口から出てきます。「どうせ自分なんか」と言う言葉です。これは「自分はダメだ」と言っている言葉です。

子供には確かに躾は大切ですし、勉強などの能力面での訓練も必要です。しかし、子供が「安心していられる」環境は、更に大切です。

その環境をつくるには、家庭や子供にもよるので、何が良いかとは一概には言えませんが、まずは子供の話を注意深く聞いてみるのが大切です。

子どもの心を考えて育てていく

子育てをしていくときに我が家で気をつけているのが子どもの心を考えて育てていくということです。

子どもはときにいろいろな悪さをして怒ることをしなければいけないケースがあります。このときに我が家で気をつけているのが子どもの逃げ道を作っておいてあげるということです。例えば、私が叱責をした場合には妻は、フォローをする側に回るようにしています。逆に妻が怒っているケースでは私がフォローをするようにしています。このようにしているのは両社で一気に子どもを攻めてしまうと子どもは逃げ道を失ってしまいます。そこで少しでも子どもの心に逃げ道ができるように残しておきます。

子育ては夫婦のチームワークだと思っています。お互いが同じことをやっていては子どもは広い視点を持つことができません。広い視点を持ってもらうためには親自身が多面的に子どもをとらえてあげることが大切であり、恐怖に委縮をしてしまうような子どもに育てない方法であると思います。

子どものしつけはほどほどに

よく見かけるのは頭ごなしに怒っている親です。そんな親を見ていると、とても嫌な気分になります。どうしてそうなってしまったのか、ついつい考えてしまうのです。

私は母には怒られた事はありません。悪い事をしても、怒られた記憶はないのです。なぜかというと、母は怒らずに何が悪かったか、どうすればいいかをちゃんと教えてくれるのです。だから怒った事は一回もありません。

そんな母に育てられた私は、同じようにしてあげたいと思っていました。でもなかなか悪い事をしたわが子を、怒らない事ができなかったのです。だから私もついつい、怒ってしまいます。でも一回怒って、その後は優しく何がいけなかったか教えるのです。そこが大事なのです。

怒るだけがしつけではありません。だから私は怒ったら、その後は子どもを優しく教える事にしています。本当は最初から怒らないほうがいいのかもしれません。でも母のようにはできませんでした。私は私なりの方法でいいと思います。

お出かけ先で、ママの買い物中 子供たちはどこに行く??

“3児の母です。1番上のお兄ちゃんは、小学一年生になりました。1番したの娘は、もうすぐ2歳になる やんちゃ盛りです。
どのお子さんも、同じではないと思いますが、うちの子供たちは、特に1番目と3番目が、お出かけ先で、姿を消します。もちろん、誰かが連れ去るわけでも、誘拐?でもありません。自らの意思でいなくなります。
2歳から3歳ぐらいの歳のお子さんは、好奇心が旺盛で、自ら歩くことが楽しくて仕方ない時期かと思います。
そんな子供たちは、ママが買い物してるから待っていようとか、考えないですよね。追いかければ、逃げるで、余計に楽しくなります。
私は、買い物中、そんな子供たちのおかげで、お店の中で汗だくです。
3番目の娘は、まだ、私がいないとお店の中で「ママ〜」と探してくれるので、まだ助かります。娘も私を探すくらいなら、逃げ回らないでほしいと思うのですが、お兄ちゃんに比べれば、いい子だなぁと感心しています。
1番目上のお兄ちゃんが、2歳から3歳ぐらいの間は、とにかく たいへんでした。店内放送も何度か経験があります。同じぐらいの歳の子供がいると、ついて行ってしまうんです。今でもそうですが、世界人類みんな友達みたいな考えを持った子供でして、誰にでも話しかけます。
そして 違う家族の一員になってしまいます。多分、その家族の方が、気づいてお店の方に放送してもらっていると思うのですが、今の世の中、そんなにいい人ばかりではないのが現実ですので、何度ハラハラしたか わかりません。
そんな1番上のお兄ちゃんには、私は山登りなどで使用する熊よけの鈴をズボンのベルト通しにいつもつけていました。
大きな鈴なので、店内の騒音の中でも結構聞こえるので、音が聞こえるところにいるときは、少し安心ができました。
小さな子供は、商品棚の間にはいると、背が低いので、居場所が一瞬で分からなくなってしまいます。とても買い物どころではなく 汗だくで終わるのが常で、結局、また同じところに買い物に行くというのがいつものパターンでした。
3番目の娘は、スカートが多いので、移動ポケットのクリップで小さな鈴をつけています。娘は、バックなどを身につけることが嫌いなので、鈴も小さくしました。
鈴をつけたからといって いなくならないわけではありませんが、少し品物を見る時間ができた気がします。
うちの子供だけで、3人で3パターンあるのですから、すべての子供はみんな違いがあって、悩みも違うとおもいます。そこが難しくもあり、面白いとも思えます。面白いと思えるのは、もちろん、余裕のあるときですので、難しいことの方が多いかもしれません。
面白いと思えた時をちょっとでも思い出せると、クスッとできて、余裕を取り戻せるかもしれないと、私はおもいます。なので、お兄ちゃんにつけてた熊よけの鈴も、今考えると、ちょっと面白かったかもと今では思います。

子どもの友達作りで親ができること

私は、転勤族の多い地域に住んでいます。主人の都合の仕事で今の土地へ3年前に引越しました。知り合いが誰もいなかったので、早くママ友ができて、子どもも友達が増えて欲しいと思っていました。誰もが知り合いである地域よりは、友達づくりがしやすいなと感じています。私がしているのは、子育てセンターへ積極的に子どもを連れていくことです。大体同じ年齢の子と一緒に遊ぶので、お母さんに「何歳ですか?」と質問することから始めて、会話につなげられるようにしています。親同士が楽しそうに話していると、子どもにも伝わり、とても嬉しそうな顔をします。そして、なるべく晴れた日は公園へ連れていきます。昨日できなかった遊具が、次の日には使えるようになったりと外遊びは沢山するほど発見が多いです。その中で、同じ年齢の子を見ると気になるみたいで、追いかけたり、追いかけられたりします。キャーと騒いで楽しそうです。そこで出会った親御さんとなるべく話をするようにします。顔見知りも増えてきました。子ども同士の学年が同じだったりすると、今後幼稚園や小学校の行事で会えてより親しくなれるかな、と心強い気持ちです。子どもも、以前あった子を覚えているみたいです。友達づくりも少しずつ覚えていって欲しいと思います。

親子はどうしても似ている

私は子ではありますが、母からなんやかと子供の頃の話を聞く機会があります。
例えば、子供は親のやる事をよく見ている、そしてそれを真似するのでふとした拍子にこれを私がやっていたのかとドキッとした事がよくあったそうです。
子供の頃、扉を足で開けていた所を母に見られ、怒られましたが、「お母さんだってやってた」と反論した事がありました。
子供目線ではありますが親がやっている事はやっても良い事だと認識していると言う一例だと思います。
他にもふとした拍子の言動が親そっくりだったりと、結局子供は親に似るのだなと母は思ったそうです。
私はよく父に似ていると母から言われていましたが兄は母に似ていると母は思っていたようです。
しかし、雨の予報が出ていたある日、父は合羽を持っていたにも関わらず濡れて帰りました。
その後帰ってきた兄もまるで示し合わせたように濡れて帰ったそうです。
兄に聞いた所、「着るのがめんどくさかった」との事でした。
その時母は「兄は確かに父の子でもある」と強く実感したそうです。
親子って不思議と同じ行動を取る事があって面白いですよね。

中学で離れてしまった娘の友達付き合い

長女は中学から私立中学に通っているため、必然的に普段からお付き合いする友達も地元の同級生ではなく、どうしても同じ中学の同級生ということになります。ということで同窓会にもいっていません。同じように私立中学に進学した約2割の同級生たちは同じようなことになっているようです。これはひいては将来的に成人式でも同じメンバーで集まらないということになってしまいます。
こうした人間関係にまで親が口出しすることもないし、そもそもこうした環境にしてしまったのは私立中学受験をすすめた私たち親の影響も非常に大きいわけですから。
しかし、わたしのように田舎で育ち、地元につながりが深い人間にとってはこうしたコミュニティも大事してほしいという思いも持っています。
これからの彼女の人間関係を考えたときにこうした地元に依存した関係が少しでも残っていれば非常に心強いと考えることも出てくるのではないかと思います。
無理強いは決してできませんが。

義母と子育てについて

私の子供は両家にとって初孫でした。なので両家の親から注目も的でかわいがってもらっていました。でもその代り口もよく挟まれました。子供が離乳食になってからは義母から、野菜を食べさせなさい、とか、もっと小さく食材を刻まないとたべられないんじゃないの?など、アドバイスなのでしょうが年に2回の主人の帰省の時は義母からの言葉が結構胸に突き刺さることが多かったです。冷静に考えたら子供のためのことばかりなのです。子供を思うからこそ出る言葉だと言うのは分かっているのですが、言われるとなんだか良い気持ちにはならないのは、私が義母とまだ分かり合うほどに接していないからだったのだと思います。2年後に主人の妹に子供ができてから、義母と私の関係がちょっと変わってきました。妹さんはおもいっきり義母に子育てを頼っているようで、食事や、おむつ替えや、産後の肥立ちがあまり良くなかったようで、たくさん義母がお世話のために妹さんの家に通っていたそうです。
そして先日私と義母が話す機会があって、言われたことは「赤ちゃんの世話ってこんなに大変だったかしらって思ったわ、野菜食べさせてないだの、小言いろいろ言ってごめんね、自分の娘よりも○○ちゃんのほうが子育てよくできてるわ」と私を褒めてくれたのです。
なんだかそれを聞いて胸のモヤモヤがスッと取れて、義母の注目の的が妹さんの子供に行ったのも、意識が分散して良かったなと感じました。